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    <title>海外旅行ガイドブックのお仕事</title>
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    <updated>2008-05-11T02:48:27Z</updated>
    <subtitle>９年間、海外旅行ガイドブック取材の仕事をしてきた著者が、その仕事内容や本には書かなかった話、海外旅行のノウハウなどを紹介</subtitle>
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    <title>初取材の地で、ガイドブック写真撮影講座？が開始</title>
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    <published>2008-05-11T02:40:25Z</published>
    <updated>2008-05-11T02:48:27Z</updated>
    
    <summary>海外旅行ガイドブックのお仕事への道 14 初ガイドブック取材3日目、離れ島での取...</summary>
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            <category term="ガイドブックのお仕事への道" />
    
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        <![CDATA[<h3>海外旅行ガイドブックのお仕事への道 14</h3>
<p>
<img alt="ガイドブック初取材の離島" src="http://jnhppp.net/shima_image.jpg" width="120" height="170" align="right" />
初ガイドブック取材3日目、離れ島での取材の続きです。さんざん書きましたように、取材の中心はホテル取材です。ここでもそこからはじまります。この島ではホテルの掲載軒数は11件と少なかったのですが、その中の多くが右の手書き地図の“左右をつなぐ細くなっている部分”に集中しているため、結構すぐに終ってしまいました（マウスでちゃちゃっと書いた下手地図ですみません）。
</p>
<p>
で、いよいよというか、カメラ実習的なものの始まりです。
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
その後は、持ってきていながらあまり使用していなかったカメラ実習とでもいいますか。歩きながら、社長は例の口調で「そこの景色を撮ってみたら」とか、「そこに浮かぶボート、ガイドブックに使えそうに思わない？」などと、とても直接的ではない言い方で僕に写真を撮るポイントを教えてくれていました。
</p>
<p>
ただし、技術的な指導はほとんどなく、僕は社長の薦めるポイントを「なるほどね」とシャッターを押すだけ。今の僕がガイドブック取材の初心者を教えるなら「ブレないようにもっと脇を締めて」とか「撮りながら、写真にどういうコメントをつけようか考えてる？」なんてイヤラシイ言い方をしそうなものですが、今思えば社長の心の大きさ（社員教育という面ではどうなの、という声が聞こえてくるのも理解しますが…）が感じられます。
</p>
<p>
思えばその後のガイドブック取材人生（？）を振り返ってみても、現場で写真について教わることなんて、これだけだったんですよね。それまでに写真を撮ることに興味があった訳ではなく、取材の出発前の数日間に練習をしただけのシロウトが、ガイドブックに掲載されるかもしれない写真を撮影するわけですからね。僕としても、僕の写真が載るかもしれないガイドブックの読者としても、ここは僕に厳しく指導をしてもらいたかったものですが、やっぱりソフトタッチに終ってしまいました。
</p>]]>
    </content>
</entry>
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    <title>「人気記事トップ10」を更新しました（08年5月）</title>
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    <published>2008-05-05T15:15:53Z</published>
    <updated>2008-05-06T01:13:18Z</updated>
    
    <summary> ご覧になっている方には実際どうでもいいでしょう（笑）定例報告です。当ブログの右...</summary>
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            <category term="ブログ情報" />
    
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        <![CDATA[<p>
ご覧になっている方には実際どうでもいいでしょう（笑）定例報告です。当ブログの右サイドに掲示しています「人気記事トップ10」は、その前の1ヵ月の人気記事を手動集計してランキング化しているのですが、その更新についてのご報告です（トップページ、カテゴリーぺージは除いてます）。
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
まずトップ1ですが、先月に引き続き当ブログの人気ナンバーワン記事「<a href="http://jnhppp.net/cat11/post_56.html">国際キャッシュカードとクレジットカードのキャッシング比較</a> 」でした。この記事は、シンガポール旅行時にクレジットカードのキャッシング、日本円現金の両替、国際キャッシュカードでの両替、トラベラーズチェック、はたまたクレジットカードでの支払いでどれが一番お得であるかを実際に比較した記事です。
</p>
<p>
その後のトップ3までは「国際キャッシュカード」関連の記事が独占しました。ゴールデンウイーク前の旅行準備シーズンだけにでしょうか。ちなみにご存じない方のために、国際キャッシュカードとは日本の銀行に持っている自分の銀行口座から、海外のATMで現金を現地通貨で引き落とせるキャッシュカードののことです。詳しくはこのあたりの記事をご覧下さい。→<a href="http://jnhppp.net/cat11/post_50.html">海外に持っていくお金、トラベラーズチェックじゃないなら…</a>
</p>
<p>
4月にアップした記事が4本（少な！、しかも先月の定例報告を含んで）しかなかったため、トップ3を含め実は先月とほとんど変わりませんでした（いろいろ事情もありまして）。そんなこんなで今月はいくらなんでも恥ずかしいからこの報告はやめようかと思ったのですが、1つだけこれまでトップ10どころかトップ20にも入っていなかった記事がトップ10入りしていたのを発見、アップすることにしたのでした。
</p>
<p>
その記事とは「<a href="http://jnhppp.net/cat2/_1.html"><strong>海外旅行ガイドブックのお仕事、始まりはアルバイト情報誌から</strong></a>」です。この記事は、このブログを始めるモチベーションでもありました、前職のガイドブックの仕事にありつくところから初取材までを描いた（現在進行中）の第1話です。書いたのは2年ほど前なので、なぜ今頃という感じなのですが。仮設としては、4月に新たな職に就いた人が、やっぱり違う仕事がよかったな、旅行ができる仕事なんてないかな、などとネットで探したのではないか、と。仮設ですけどね。ということでまた来月。
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>「海外旅行ガイドブックのお仕事への道」、再開です</title>
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    <published>2008-05-04T03:52:48Z</published>
    <updated>2008-05-11T03:25:40Z</updated>
    
    <summary>海外旅行ガイドブックのお仕事への道 13 「海外旅行ガイドブックのお仕事への道」...</summary>
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            <category term="ガイドブックのお仕事への道" />
    
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        <![CDATA[<h3>海外旅行ガイドブックのお仕事への道 13</h3>
<p>
<a href="http://jnhppp.net/beach_image.jpg"><img alt="ビーチ、イメージ" src="http://jnhppp.net/beach_image-thumb.jpg" width="240" height="180" align="right"/></a>
「海外旅行ガイドブックのお仕事への道」の12章目である「<a href="http://jnhppp.net/cat2/_12.html">海外取材、乗り物酔いの克服法は…</a>」を書いてから2年弱、尻切れになっていたシリーズを再開です（もしよろしければ、シリーズ初回の「<a href="http://jnhppp.net/cat2/_1.html">海外旅行ガイドブックのお仕事、始まりはアルバイト情報誌から</a>」からお読みください）。
</p>
<p>
前回はガイドブック取材の3日目、島へ船で渡ったところから乗り物酔いの話になり、そのまま話は終ってしまっていましたが、ようやく（2年越しで）一行はリゾート島に到着です。
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
あえて訪問国名は控えていますが、東南アジアのとある国です。この取材の前後に日本でも注目されるようになったリゾートの島で、当時はそれほど日本人の姿を目にはしませんでした。
</p>
<p>
宿泊したのは、海まで徒歩1分以内に位置するコテージタイプの部屋でした。ちなみに、日本やハワイ・グアム・サイパンなどのリゾート地でこんなコテージタイプに泊まれば結構な値段がしそうなものですが、東南アジアの小規模リゾート地なら安いところなら1000円以下でも泊まれます。
</p>
<p>
ところが、案内されたのはダブルベッドの部屋。当然のように案内するホテルスタッフと、それを見て固まる僕。ゲイが多いお国柄だけに結構多いんでしょうね。でも僕は当時はそんな事情も知らないし、社長と知り合ってまだ日も浅い。「おいおい、社長がそういうリクエストを出したんじゃないだろうな」と戸惑い（なんの戸惑いだ！？）、ここで僕のほうから拒否反応を示さなくてはならないかな、などと思考を巡らせていると、社長のほうから「なんでダブルなんだ？」とスタッフにクレーム。部屋を交換してもらいました。ほっ。
</p>
<p>
部屋に荷物を置くと、取材開始です。<br />
※写真は初取材の国と同じ国内の別の島です。
</p>
<p>&gt;&gt; <a href="http://jnhppp.net/cat2/post_147.html">海外旅行ガイドブックのお仕事への道 14</a> に続く</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>世界遺産の街の、とあるボッタクリ・システム？ 其の3</title>
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    <published>2008-04-24T15:53:17Z</published>
    <updated>2008-05-05T02:58:25Z</updated>
    
    <summary> 前回の記事「続・世界遺産の街の、とあるボッタクリ・システム？」の続きです。ここ...</summary>
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            <category term="ブラジル" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jnhppp.net/">
        <![CDATA[<p>
<a href="http://jnhppp.net/brasil_olinda.jpg"><img alt="ブラジルの世界遺産、オリンダの街並み" src="http://jnhppp.net/brasil_olinda-thumb.jpg" width="240" height="180" align="right" /></a>
前回の記事「<a href="http://jnhppp.net/cat1/post_145.html">続・世界遺産の街の、とあるボッタクリ・システム？</a>」の続きです。ここから読み始めの方は「<a href="http://jnhppp.net/cat1/post_144.html">世界遺産の街の、とあるボッタクリ・システム？</a>」からご覧ください。
</p>
<p>
オリンダの街で、前日に僕にガイドをするからと言っていた男を避けていたところ、ほかのガイドといたところでその男に鉢合わせ。恋人と一緒にいるところで昔の恋人にばったり会ったような、僕は何も悪くないのに気まずい雰囲気となりました。
</p>
<p>
その男は怒りをあらわにして僕に近づいてきました。さて、その続きは&hellip;。
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
昨日のガイドは僕の顔を見ると、僕を指さしながらこっちに向かってきました。明らかに僕に対して怒っているようです。さらに近づいてくると、今度は自分の腕時計を指差し、そして次に自分の（彼自身の）目の下を指差しつつポルトガル語で「9時！」と言います。僕の理解が間違えてなければ、「オレは9時からあんたを探して待っていたんだぞ！ 何やってんだ」とアピールしているようでした。
</p>
<p>
僕としても、「は？ 約束なんてしてないだろ」と強気です。日本人流に断りははっきりとしていませんが、約束は一切していません。
</p>
<p>
すると、その男は「ポリシア、ポリシア」と言い出します。ポリシアとは、お分かりのように「ポリス（警察）」のポルトガル語読みです。
</p>
<p>
いったいどういう件で、僕がこのことから警察の世話になる可能性があるんだっつうの。ただ、彼はやたらと興奮しているようなので、下手に何も言わないようにしました。暴力を奮われたらどう対応しようか、そんな覚悟までしていました。
</p>
<p>
僕は反省の姿勢を見せようと「ソーリー」と英語で言うと、何がソーリー、ソーリーだ、みたいにののしります。昨日の食事中には、あれだけ英語を使っていた彼でしたが、この日はほとんどポルトガル語だけ。僕も昨日は一生懸命ポルトガル語を織り交ぜていましたが、この時は英語だけで話しました（慣れない言葉で失言をしないように）。
</p>
<p>
彼は僕に直接ポルトガル語で言っても埒があかないと思ったのでしょう、この日雇ったガイドに何やら訴えかけます。今日のガイドは落ち着いた感じに彼をなだめているようでした。
</p>
<p>
今日のガイドは僕とその男の間に立ち、しばらくその男の言うことを黙って聞いていると、やがてその男は離れていきました。今日のガイドは僕に「気にするな。結局、今日あなたが私に払ってもらう料金は、彼が属するのと同じアソシエーション（組織）に入る訳だから。もし彼を雇っていたとしても、私を雇っても、それは同じことだから」と言います。
</p>
<p>
その後は落ち着きを取り戻し、すべての観光物件を取材し、最後にレストランを取材。食事する時間的余裕はなかったので、飲み物だけを頼みました。そして、今日のガイド料を精算させてもらいましょう、ということにしました。
</p>
<h3>これがオリンダ式？ 寄付じゃなかったの</h3>
<p>
前回の記事「<a href="http://jnhppp.net/cat1/post_145.html">続・世界遺産の街の、とあるボッタクリ・システム？</a>」を読んでいただいていればお分かりでしょうが、当初彼はガイド料は僕が思った額を支払えばいいと言っていました。
</p>
<p>
ところが。。。彼は真面目な顔をして「1時間40レアル（約1600円）だから5時間なので200レアル（約8000円）だ」と言うじゃありませんか。
</p>
<p>
僕は「あんたは最初にドネーション（寄付）だと言ったじゃないか」、と反論します。しかも寄付とはいくらぐらいかと尋ねたら、たいていは40レアルぐらいを支払うと言ったじゃないか、と僕は100レアル（約4000円）を出し、これが精一杯だと思う、と言いました。
</p>
<p>
するとどうでしょう、ガイドは「ベリーリトル（とても少ない）」、と言いやがります。リトルってあんた、日本の物価から言ってもこれは結構な金だぜ、と僕。すると、わかったよ、160レアル（約6400円）でいい、みたいに値下げしてきました。
</p>
<p>
僕は飛行機出発までの時間的余裕もそれほどないことから、「わかった」と僕は20レアル（約800円）を上乗せし120レアル（4800円）でいいだろうと言います。ガイドは150レアル（6000円）でいいから、と。もうのんびり交渉している時間はないのだ。「わかった、じゃあ領収書を書け、そうしたら150払うから」、と僕は言います（心の中では、「この事実は本に書くからな」と）。
</p>
<p>
20リアル札を取り戻し50レアル札を渡します。領収書としてノートに名前と料金などを書いてもらいます。書いてもらいつつ、「あなたは良いガイドだが、こういうやり方はとても気持ちが良くない」と言ってやりました。ガイドは聞き流していた。きっといつものことなんでしょう。
</p>
<h3>オリンダ入口の広場で前日のガイドに再会</h3>
<p>
このヘビーなやり取りの後、時間がなかったのでタクシーで宿へ荷物を取りに行き、そのまま空港へ向かうことにしました。タクシーはガイドがウロウロとする海沿いの広場から乗りました。その広場に戻ると、またしても前日のガイドと顔を合わせることとなりました。この時は近くには寄ってきませんでしたが、僕と目が合うとサッカーで言う交代のジェスチャー（両手の人差し指を糸巻きのようにグルグルと回し）をし、恐らく「チェンジしやがって！」と訴えているようでした。
</p>
<p>
昨日はそれなりに仲良くなりましたが、こんな状況だけに一生の別れとなるだろうが何も挨拶のジェスチャーもせず、粛々とタクシーに乗り込みました。いったい僕が何か悪いことをしたかって。
</p>
<p>
ちなみに、この空港までのタクシーで運転手からニュースを教えられました。日本で列車が脱線してたくさんの死者が出たと言います。それがJR福知山線脱線事故のことでした（偶然にも、この記事をアップしたのは事故からちょうど3年後の同日でした）。大きな事故と重なり合って、このガイドたちとのやり取りも一生忘れることができなそうなこととなりました。そして、この項の冒頭で書いたように「二度と行くかこんな街！」という印象のまま、僕はこの先生きていくことになるんだろうな、と思います。
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>続・世界遺産の街の、とあるボッタクリ・システム？</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://jnhppp.net/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=202" title="続・世界遺産の街の、とあるボッタクリ・システム？" />
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    <published>2008-04-20T13:41:11Z</published>
    <updated>2008-04-21T14:52:58Z</updated>
    
    <summary> ブラジルの世界遺産の街、オリンダでガイドに「翌日待ってるからね！」と言われた翌...</summary>
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            <category term="ブラジル" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jnhppp.net/">
        <![CDATA[<p>
ブラジルの世界遺産の街、オリンダでガイドに「翌日待ってるからね！」と言われた翌日です。「待ってるからね！」と言ったのは、もちろん前回の「<a href="http://jnhppp.net/cat1/post_144.html">世界遺産の街の、とあるボッタクリ・システム？</a>」を読んでいただいたならお分かりでしょうが、可憐な女性などではなく、ごっつい男です。
</p>
<p>
その男は僕を10時に待っているということでした。でも、彼は英語をあんまり話せないし、僕も彼の母国語のポルトガル語をほとんど理解できない。前日酒を飲みつつサッカーの話（ロナウジーニョは凄い！程度の内容）をする程度なら、僕もなんとか彼のことばを理解できたけど、難しい歴史の話などになったら役に立ちません。
</p>
<p>
やっぱり、この日は彼に会わないようにするのがベストの選択ですよね！？
</p>
]]>
        <![CDATA[<p>
オリンダの朝。この街での取材は慌ただしく、この日の14時台に次の街へ移動すべく飛行機の出発時間が待っています。オリンダでの取材を終えて宿に戻るころにはチェックアウト時間が過ぎているので、取材に出る前に荷物をまとめてチェックアウトです。
</p>
<p>
オリンダ旧市街の広場に着くと、この日はまず黄色い服ではない私服の、失礼ながら裕福そうではないガイドが声をかけてきたので無視。前日に見つけていた観光案内所へ入る。9時過ぎぐらいになっていました。観光案内所は英語がまあまあ通じた。地図をもらうと、地図の裏には英語での案内が書かれていたので、ガイドの必要はやはりあまり感じなかった。
</p>
<p>
もらった地図を見つつ、まずはホテル取材から済ませてしまおうと進みます。遠くに例の黄色い服を着たガイドの集団が見えました。すぐに視線をそらしますが、横目で1人がこちらに寄ってくるのが見えます。やがて近づいてきて話し掛けてきました。ポルトガル語はわからない、と言って去ろうとすると、英語で話してきます。まっとうな英語でした。昨日の彼とは大違い。「1分だけで言いから聞いてください」、というので立ち止まって聞くことに。「ガイドアソシエーションの公式ガイドです」、と昨晩の彼同様にIDを見せてきます。アソシエーションは、以前この町にたくさんいたストリートチルドレンを助けるために発足したもので、我々ガイドのガイド料の半分がアソシエーションにいきます。そうして、子供たちはガイドやら英語、カポエラなどの技術を習得し、稼げるようになるのです、と言った。
</p>
<p>
なるほど。そういうことなら、そのことについての情報取材もできるし、彼の英語レベルならガイドとして雇ってもいいなと思い直します。ただ、昨晩の彼と出会ってから、宿でこの街についての投稿情報を見返してみると、ガイドのボッタクリがあるのでお金の交渉はしっかりと、という情報もあったのを思い出しました。
</p>
<p>
わかったけどガイド料は結局いくら払うことになるのだ、と聞いてみると、ガイド料とはドネーション（寄付）ですから、ガイド内容が良ければたくさん払ってくれればいいし、納得いかなければ1レアル（ブラジルの通貨。当時で約40円）でもいいです、と言った。意気込みはわかったけど、平均的にいくらなんだい、と聞いてみると、多くは40レアル（約1600円）ぐらいですね、とのこと。
</p>
<p>
なんとなく信用できそうだと思えたので、僕が取材として来ているのだということを説明します。観光地の話を聞くだけではなくてホテルを見たりレストランを見たりもしたい、と告げます。わかった、と。では、道順としてはそちらは反対側なので、こっちへ行きましょう、とガイドは始まった。
</p>
<p>
いくつかの観光物件を見た後、高台から「未舗装の道がスラムなんだ」、とガイドは言います。そこの子供たちに教育の機会を与えているのがこの組織なんだ、と言われ実際にその教育が行われている現場に連れて行かれました。
</p>
<p>
その場所は50㎡程度の大きさのプレハブ小屋でした。入口には子供たちが作ったというバッグなどが展示されていました。奥に行くと子供たちが勉強しています。若い女の教師が数学（算数？）を教えていました。ガイドいわく、僕らがツアーをして稼いだお金でこの子達の教育費を稼いでいるんだ、と。
</p>
<p>
その後は、街の観光地、おみやげショップやホテルなどを巡ります。ガイドだけに行く先々顔が知られているわけですが、「ここのおみやげ屋はほかよりも値段が高い」とか、「ここで売っているものは、後で行くマーケットでもっと安くで売っている」など、観光客の立場で物事を言ってくれて、信頼できる感じの人に思えました。
</p>
<p>
さらにいくつかの教会を見て、ガイドが「このホテルは紹介すべきだ」というところを見て、この街のカーニバル（日本ではカーニバルはリオ・デ・ジャネイロのものだけが有名ですが、ブラジル各地で行われています）で最も盛り上がる地点という交差点にさしかかった時でした。
</p>
<p>
なんと、昨日出会ったガイドがこちらに向かって歩いて来たではないですか。彼は僕に気づくと、僕に指を差しつつ近づいてきます。
</p>
<p>
次回に続きます。
</p>
]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>世界遺産の街の、とあるボッタクリ・システム？</title>
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    <published>2008-04-19T11:35:58Z</published>
    <updated>2008-05-05T05:11:13Z</updated>
    
    <summary>大きな地図で見る ブラジルの北東部にオリンダという小さい街があります。海に面した...</summary>
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        <![CDATA[<iframe width="300" height="300" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&amp;t=h&amp;s=AARTsJqzARj-Z8VnW5pkPMLMmZbqrJcYpw&amp;ll=-8.009299,-34.855456&amp;spn=0.012749,0.012875&amp;z=15&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&amp;t=h&amp;ll=-8.009299,-34.855456&amp;spn=0.012749,0.012875&amp;z=15&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small>
<p>
ブラジルの北東部にオリンダという小さい街があります。海に面したこの静かな街は、16世紀中頃、日本では戦国時代の頃、砂糖貿易の拠点としてポルトガル人が入植。しかしその後オランダ人によっての数十年間支配されたため、街にはポルトガル建築とオランダ建築が混在するという、珍しい街並みが残ります。1982年にはユネスコの世界遺産に登録されています。
</p><p>
と、書き出しはガイドブック調にやらせていただきましたが、もちろん観光地案内をする訳ではなく、この世界遺産の街の裏話をしたいと思います。あくまでも個人的な意見としてとらえて欲しいのですが、街並みの美しさとは一変、「こんな街、二度と来るか！」と思えてしまう後味の悪さが残る場所でした。
</p>]]>
        <![CDATA[<h3>ガイドだらけの街、オリンダに到着</h3>
<p>
お昼過ぎにオリンダの玄関となるレシフェという大都市の空港に到着。空港内で観光案内所や市内への交通の取材などをした後オリンダまで移動し、ホテルのチェックインを済ますとすでに夕刻。翌日の取材の下見として、オリンダの歴史地区へ向かいます。
</p>
<p>
歴史地区に到着すると、なぜか周辺には黄色いポロシャツやらTシャツを着た人ばかりが目に付きます。やがて子どもを含めた数人が僕のほうへやって来ます。子どもたちはポルトガル語で何やらわめきだし、無視して歩いていると今度は大学生ぐらいの年格好の男がIDのようなものを見せ「この街の公式ガイドです」と英語で言ってきました。街の下見に来ただけだし、と断り歩き続けます。
</p>
<p>
それでも2，3人の子どもは「ヘロー、アイ・アム・ツアーガイド」なんて言いつつしつこくつきまとってきます。ちょうど取材対象のホテルがあったのでそこへ逃げ込みますが、取材を終えて外に出ると、ちょっと遠巻きに「ジャポン、ジャポン」と冷やかすように叫んでいました。やれやれ。
</p>
<h3>自分からガイドのワナに入っていったかも？</h3>
<p>
やがて日も暮れ、ガイドブックに掲載されているレストランに入ろうか悩んでいると、黄色い服を着た男に声をかけられます。「レストランならここの2階だ」と。黄色い服を着た人はガイドであるという図式はすでに理解できていましたが、先ほど声をかけてきた人々のように押しつけがましくないところでちょっと安心。空港の観光案内所で土地の名物料理名を聞いていたので、「これは食べられるか？」と聞いてみると、「ここにはない」という返事。「向こうにあるレストランで食べられる」と「付いてこい」という感じに歩き出しました。
</p>
<p>
世界のいろんな場所でもそうだったのですが、こういう場合、まず親切でやってくれているとは思えない。いくら請求されたりするのだろうか、とついていきながら心配してしまいます。まあ、それでも情報収集が仕事な訳ですから、個人の旅行なら断るところですが、付いていきます。
</p>
<p>
当初の目的地についたらしいのですが、お店はやっていない。じゃあ、とまた歩き出します。今度は狭い路地のそのまた奥にあるような、まったく見かけからはレストランとは思えない、観光客はまず立ち寄らないだろう食堂に入ります。「ここにはその料理はある」と男は言います。男が店のおばちゃんに何か言うと、キッチンを見せられた。肉を油で揚げているところだった。ふーん、と感心しつつも男のところへ戻る。どうだ？と聞かれ、ここじゃないほうがいいと答える。別に僕が食べるだけならいいが、ガイドブックに紹介するかもしれないと思うと、よろしくないですし。
</p>
<p>
じゃあわかった、と今度は先ほど僕が取材したホテルの向かいにあったレストランへ行きます。観光客としても入りやすい感じのお店でした。まあここならいいか、と入ることに。彼は当然のように一緒に店内についてきたので、お礼にということで、「何か飲み物でも飲んでよ」と言うと、コーラを注文しました。空港の観光案内所で教えてもらった料理があったので注文（もちろんビールも）。
</p>
<h3>まるでホステス？ 次の日の予約を取り付けようと…</h3>
<p>
男はガタイがよく、背もまあまあ高い。人種的には白人系がメインと思われながらやや浅黒の肌で、鼻の穴のへりに豆粒のようなオデキが下に向いてできていました。英語はほとんど話せず、そのくせ「オリンダ、なんとかなんとか」、「チュモオ（トモローのこと）なんとかなんとか」という感じでいろいろ話してきた。明日、自分がガイドとしてこんなところを紹介してあげるということ。僕は、「ノ・セイ（ポルトガル語で「知らないよ」）」と答え、ある時は英語でメイビーと答えた。
</p>
<p>
<a href="http://jnhppp.net/brasil_olinda_food.jpg"><img alt="ブラジルの世界遺産の街、オリンダの名物料理" src="http://jnhppp.net/brasil_olinda_food-thumb.jpg" width="200" height="150" align="right" /></a>
名物料理が運ばれてきました。ラザニアのトマトソースなしのようなものに、乾燥肉を戻したものが入っているといった料理でした（右の写真）。しょっぱいし、美味しくはない。ビールをまた飲む。男はコーラを飲み終えると、今度は無許可にビールを注文。日本はサッカーは強いのか、とか、空手はやるのか？自分はカポエラをやるだとか、自分の出身地（ナタルという街）へも行くのか？などというようなことを話した。「この街ではガイドを雇っておくと、うるさいガイドの誘いがなくてノー・ストレチ（ストレスのこと）だ」と言うのには納得できた。
</p>
<p>
で、ちょっと話題が切れると、また「チュモオ、なんとかなんとか」と言い、翌日のガイドの予約を取りつけようとしていた。2時間ぐらいビールを飲みつつ話をしてました。会計は彼の分も全部持ち（ビールは都合3杯ほど飲んだ）。歩いて帰るのは危ないからタクシーで帰れと言われ、タクシーに乗るところまで見送られます。で、乗車の際、「明日の10時ごろまでこの辺りにいるから」と念を押されます。「アイ・ドント・プロミス（約束はできないからね」、僕は答えて別れました。
</p>
<p>
で、翌日です。「<a href="http://jnhppp.net/cat1/post_145.html">続・世界遺産の街の、とあるボッタクリ・システム？</a>」に続きます。</p>
]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>「人気記事トップ10」を更新しました（08年4月）</title>
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    <published>2008-04-08T14:58:59Z</published>
    <updated>2008-04-12T12:51:04Z</updated>
    
    <summary> 先月より調子にのってはじめた定例報告です。当ブログの右サイドに掲示しています「...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jnhppp.net/">
        <![CDATA[<p>
先月より調子にのってはじめた定例報告です。当ブログの右サイドに掲示しています「人気記事トップ10」は、その前の1ヵ月の人気記事を手動集計してランキング化しているのですが、その更新についてのご報告です（トップページ、カテゴリーぺージは除いてます）。
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
まずトップ1は、先月初めて人気ナンバーワンの座を譲った「<a href="http://jnhppp.net/cat11/post_56.html">国際キャッシュカードとクレジットカードのキャッシング比較</a> 」が返り咲きです。この記事は、シンガポール旅行時にクレジットカードのキャッシング、日本円現金の両替、国際キャッシュカードでの両替、トラベラーズチェック、はたまたクレジットカードでの支払いでどれが一番お得であるかを実際に比較した記事で、このランキングをはじめて、先月を除いてずっと1位に君臨する、当ブログの人気ナンバーワン記事です。
</p><p>
3位には、3月初頭に書いた「<a href="http://jnhppp.net/cat11/post_136.html">枕の下にチップを置くのは日本人だけ？</a>」がランクイン。プライベートも含め30カ国以上を旅してきたにもかかわらず、いまいちどうすれば正解なのか理解していなかった「ピローチップ（枕銭）」について、他の方が書かれた記事やQ&Aサイトを参照して書いた記事です。これの続編である「<a href="http://jnhppp.net/cat11/post_137.html">続・枕の下にチップを置くのは日本人だけ？</a>」が7位、「<a href="http://jnhppp.net/cat11/post_138.html">最終章・枕の下にチップを置くのは日本人だけ？</a>」が6位にランクインしました。皆さんも同じように気になっていたのかもしれませんね。
</p><p>
ちなみに、先月トップだった「<a href="http://jnhppp.net/cat9/msnlive_search2.html">MSN（Live Search）用のサイトマップ登録方法2</a>」はランク外へ、2位だった「<a href="http://jnhppp.net/cat9/msnlive_search.html">MSN（Live Search）用のサイトマップ登録方法</a>」は5位へと落ちてしまいました。時の流れと、検索アルゴリズムの移り変わりは早いものですね。ということでまた来月。
</p>]]>
    </content>
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<entry>
    <title>映画「ビルマ、パゴダの影で」を見てきました～続編</title>
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    <published>2008-04-05T10:16:29Z</published>
    <updated>2008-04-25T19:35:28Z</updated>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jnhppp.net/">
        <![CDATA[<p>
映画を見てからほぼ1週間が経ってしまいましたが、前回の記事「映画「<a href="http://jnhppp.net/cat17/post_142.html">ビルマ、パゴダの影で」を見てきました</a>」の続きです。引き続き、映画の内容について書きますので、この映画を見に行こうと考えている、という方はご注意ください。
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
前回の記事「映画「<a href="http://jnhppp.net/cat17/post_142.html">ビルマ、パゴダの影で」を見てきました</a>」では、予告編を見て勝手に期待していた「監視を振り切ってミャンマーの内戦事情を取材する」というのは、実は映画のフリでしかなかったという話をしただけで終えてしまいました。
</p><p>
期待していた流れとは違ったということで、ちょっと残念ではありましたが、1週間も経ってしまうと、まあそこまでウダウダと書くことでもなかったなというところです。
</p>
<h3>タイとミャンマーの国境付近は内戦状態</h3>
<p>
タイとミャンマーの国境付近には、数多くの少数民族が暮らしています。なかでも2大勢力と知られている民族がカレン族とシャン族です（ちなみに、シャン族というのはタイ人と同じルーツの民族です）。
</p><p>
映画では、主にこの2つの少数民族の反政府組織に密着して、欧米のドキュメント番組にありがちな、斜め15度ぐらいの角度から顔をアップして映し出す、インタビュー形式にて彼らの思いを伝えています。タイ側に暮らす反政府組織に何度もコンタクトを取り、信頼されてようやく許可を得ての取材だったのだそうで、これは映画ではあまり伝わりにくかったものの、映画を見た後に買ったパンフレットには詳細に記載されていました。一方で、タイ政府に対しては、一切申告はしないでの強行取材だったそう（これも映画パンフレットより）。
</p><p>
インタビューは、ミャンマーで最初にできた反政府組織の「カレン民族同盟」の老リーダーから、小学生の低学年と見られる子ども（栄養が足りていないため、もしかすると見た目よりもっと歳がいっているのかもしれません）まで、幅広くに聞いています。タイ側にはいくつもの難民キャンプができていて、なかでもそこで暮らす子どもたちのことばは、シンプルながらものすごくミャンマー軍の悲惨な行動をわかりやすく伝えているように思えました。
</p><p>
まったく表情を変えずに淡々と日々の生活について語る女の子は年齢を聞かれ「覚えていません」と答え、肉眼で両親が銃殺されたのを見たという男の子は、少し笑みを浮かべながら、「大きくなったら自分たち民族の反政府兵士になりたい。ビルマ軍をやっつけたい」ということを答えていました。また、ある少女はジャングルを1ヵ月間歩いて難民キャンプにたどり着いたと言い、ある少年は先に父親が連行され、後に反政府軍の兵士の妻だということだけで、母親も連行され、近くで殺されたのだと言います。
</p><p>
自分がその立場であったら、まったく希望も夢も持てないかもしれない。でも彼らのほとんどが口を揃えて言っていたのは、「故郷に帰りたい」ということです（将来の夢は女の子は教師、男の子tは兵士と答えていました）。故郷と自分たちの民族を存続のため、日々命を賭けている。ありきたりなことですが、平和な世界に生まれ育った者としては想像を絶する日々を、この子どもたちは過ごしているのだと思うと、まったくやりきれない気分になりました。
</p><p>
なんだか読書感想文的な内容の薄いものになってしまいましたが、アジアの1国で恐らく今でも（実際に映画の取材撮影が行われたのは2001年からとのこと）日々民族紛争が行われているのだということを、できるだけ多くの人に知ってもらいたいところです。2007年には日本人ジャーナリストの長井さんが殺されましたが、この国の政府というのは、革命でも起きてすべてガラガラポンにならない限りどうしようもないのだ、ということが少しでも皆さんに伝われば幸いです。
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>映画「ビルマ、パゴダの影で」を見てきました</title>
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    <published>2008-03-29T11:28:10Z</published>
    <updated>2008-04-28T14:34:10Z</updated>
    
    <summary> 僕の住んでいる神奈川県、そして東京で桜が満開になったこの日、桜をよそに前から見...</summary>
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            <category term="ミャンマー" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jnhppp.net/">
        <![CDATA[<p>
僕の住んでいる神奈川県、そして東京で桜が満開になったこの日、桜をよそに前から<a href="http://jnhppp.net/cat17/post_133.html">見に行くぞ！と宣言</a>してました映画「<a href="http://www.uplink.co.jp/burma/index.php">ビルマ、パゴダの影で</a>」をようやく見てきました（早く見に行きたい、と言っていた割に公開から2週間が過ぎてしまいましたが）。
</p><p>
ちなみにこの「ビルマ、パゴダの影で」ですが、上映しているのは東京・渋谷のアップリンクという映画館だけのようです。映画館の地図は<a href="http://www.uplink.co.jp/info/map.html">こちら</a>です。
</p><p>
<img alt="渋谷の映画館、アップリンク外観" src="http://jnhppp.net/%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF.jpg" width="320" height="240" align="left"  hspace="5" />
映画館とはいえ、写真のような雑居ビル内の2階（入口は写真右端の階段から）の1室にあり、昔懐かい感じのワックスがよく染みこんだ風の木の床に、大きさ型も不揃いで固定式でない椅子が70から80ほど並ぶ、まるで30年ほど前の小学校時代に学習フィルムを見せられるような、そんな雰囲気の映画館でした。
</p><p>
なお、映画の内容についても書いていくつもりですので、「これから見に行くんだからさ～」という方は、この先はご覧にならないようご注意ください。
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
「<em>スイスの観光用PR番組の撮影と偽りビルマに潜入したカメラはジャングルの奥深く国境地帯へ少数民族の証言を求めて旅をする</em>」
</p><p>
この映画を見たい！と思ったきっかけは、<a href="http://www.uplink.co.jp/burma/">この映画のサイト</a>に書かれた上記文章を読んだのがきっかけでした。いよいよ楽しみにしていた映画の幕開けです。
</p><p>
映画はジャーナリストで、この映画の監督のアイリーヌ・マーティー（女性）の語りによって進んでいきます。語りは淡々とそして憤りを秘め、ミャンマー人の表情の暗さに嘆き、政府が人々を押さえつけているのだと愁い、観光客たちはこの国の人民の生活を無視して進められる観光開発に踊らされていると言います。
</p><p>
観光地の取材撮影するということで、監視役のガイド付き（このガイドは登場しません）で旧首都のヤンゴンをスタートし、遺跡都市のバガン（映画ではパガン）へ行きます。移動は鉄道を使っているようで、座席すらなく乗客は床に座る一番下のクラスの客車を映し出していました。乗客たちは笑顔無く、カメラの方をボンヤリと見つめています。
</p><p>
バガン（パガン）でガイドにはビーチで過ごすとウソを言って、別の現地人をガイドに近くのイスラム教徒が多く暮らす町を訪れます。この町で、語り手は人々は我々を避けるようにしている、きっと政府による監視を恐れているのだろう、と結論づけます。
</p><p>
このシーンはフリだったんです。この映画の公開をネットで知った際に興奮気味に書いた「<a href="http://jnhppp.net/cat17/post_133.html">ランボーもいいけど、もっと気になるミャンマーの映画発見！</a>」では、予告編を見て「観光取材としてミャンマーに入り、監視のガイドを振り切って国内の少数民族の取材をする」と書きましたが、実はそれは正しい表現ではなかったのです。
</p><p>
この「監視のガイドを振り切って」というのは、まさに上記の通りですが、こうでもしないとミャンマーでは人民の本音を聞き出すことはできない、というパフォーマンスであり、僕が勝手に思いこんでいたように、ガイドを振り切ってそのまま国内を取材し続けるという訳ではありませんでした。
</p><p>
場面はタイとミャンマーの国境地帯へ移ります（このブログを書く材料として周囲の椅子の数などを数えていたらいきなりの場面変更）。どうやって危険地帯に潜入するのか、というところもこの映画の楽しみでもあったのに、いきなり場面移動です。どうやら、ミャンマー国内を移動したのではなく、タイ国内を移動してタイ側のミャンマー国境に潜入したようです。
</p><p>
<img alt="080329_2356~01.jpg" src="http://jnhppp.net/080329_2356~01.jpg" width="120" height="160" align="left" hspace="5" />ちなみに、映画後にパンフレット（600円。左の写真）を買って読んだところ、実際にはタイとミャンマーの国境取材のほうを先に撮影し終わり、ミャンマー国内での「観光取材を偽って」という映像は、ミャンマー政府が観光客に与えているミャンマーのイメージとの対比を描くために、わざわざ加えたものなのだそうです。僕が楽しみにしていた場面は、演出的なものでしかなかったようです。
</p><p>
「<a href="http://jnhppp.net/cat17/post_143.html">映画「ビルマ、パゴダの影で」を見てきました～続編</a>」に続きます。
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>“ウルルン滞在記”的番組の裏話を思い出し…続編</title>
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    <published>2008-03-27T17:38:17Z</published>
    <updated>2008-03-27T18:10:48Z</updated>
    
    <summary> ものすごく引っ張って終った前回「“ウルルン滞在記”的番組の裏話を思い出し…」の...</summary>
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            <category term="ガイドブックのお仕事への道" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jnhppp.net/">
        <![CDATA[<p>
ものすごく引っ張って終った前回「<a href="http://jnhppp.net/cat2/post_140.html">“ウルルン滞在記”的番組の裏話を思い出し…</a>」の続きです。南太平洋のとある島国でのお話です。
</p><p>
ウルルンでの旅人は、当時はまだお笑い芸人として活躍していた2人組の片割れです。お笑い芸人とはいえ、汚れ役はしない半アイドル的なコンビだったそうです（あんまり詳しくはないんですが、wikiを見る限りそう書いてました。すでに解散しているようです）。
</p><p>
まあ、普通のお笑い芸人なら喜んでペニスサックをしそうものですが、そういう立場ではない芸人だということです。
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
後に僕も世話になった現地コーディネーターの方は、撮影スタッフを世話して、取材期間中ずっとその村から車で30～40分ほどのコテージ風ホテルに滞在していたのだそうです。期間については忘れましたが、日中は村に撮影をしに、夜間はホテルで寝泊まりを繰り返していたのだそう（その一見リゾートホテル風で、ダニにやられたと言っていました）。
</p><p>
一方で、取材の間そのお笑い芸人はどうしていたかというと、たまにシャワーを浴びるなどしにスタッフとともにホテルへ戻る以外は、夜間もちゃんとその村に宿泊をし、ほとんどをその村で過ごしたのだそうです（裏話というタイトルから、どんな手抜きをしていたのかを期待されていたなら残念ながら…）。
</p><p>
僕も村に行った際に家の中を見せてもらいましたが、もちろんベッドなんかない、土むき出しの床の家です。そこでどのように寝泊まりしていたか（寝袋を用意していたのか、はたまた屋外にテントを張ってそこで過ごしたか）は知りませんが、とにかくそれ相応にホームステイ的なことはやっているんだな、と感心した次第でした。
</p><p>
ただ、感心しましたという感想のために2話にわたり引っ張ったわけではありません。これは“ウルルン”でと言っているわけではありませんが、この国の別の島で同じようにプリミティブ（差別的な訳ではなく“昔ながら”）な生活をしている村があるのですが、この村の伝統的行事は頻繁に各国メディアに取り上げられるほどの有名なもので、もしかすると皆さんもご覧になっているかもしれません（その昔の“なるほどザワールド”や“世界不思議発見”などで）。
</p><p>
テレビでの取材となると、カメラがプライバシーまで映し出し、時には長期間にわたって密着などをすることもあります。そんな場合はもちろん無料でという訳にはいきません（テレビ的には村の人たちの親切で世話してもらっている風に放映しますが）から、村長さん等、村の有力者にある程度の謝礼を出す訳です。
</p><p>
そこでまた、この国のコーディネーターさんから聞いた話というところに戻る訳ですが、その有名な伝統行事をする村では、テレビ局の取材による謝礼だけで、村民が年間まったく働く必要がないほどの収入を得ているのだそうです。テレビ局に買ってもらったのでしょう四輪駆動車を乗り回し、ほぼ伝統行事をするだけの生活になってしまっているのだとか。その伝統文化が存続するという意味ではいいことかもしれませんし、働かないで遊んで暮らせる彼らにとっても幸せなことなんでしょうが。
</p><p>
世界の秘境を家にいながらテレビで見られる時代、その秘境がテレビで映し出されるごとに、1つの秘境が本当の秘境ではなくなってしまっているという現実を知らされた、というお話でした。僕が、そしてウルルンが約10年前に訪れたその村は、今はどうなっているのやら。。。
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>“ウルルン滞在記”的番組の裏話を思い出し…</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://jnhppp.net/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=196" title="“ウルルン滞在記”的番組の裏話を思い出し…" />
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    <published>2008-03-23T13:19:28Z</published>
    <updated>2008-03-30T03:20:58Z</updated>
    
    <summary> 日曜の夜、旅行関係の仕事をしてきたものとして、たまに見てしまうのが「世界ウルル...</summary>
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    </author>
            <category term="ガイドブックのお仕事への道" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jnhppp.net/">
        <![CDATA[<p>
日曜の夜、旅行関係の仕事をしてきたものとして、たまに見てしまうのが「世界ウルルン滞在記」です。
</p><p>
ご存じない方のために一応説明しておきますと、TBS系列のテレビ番組で、テレビタレント、俳優、お笑い芸人などが、世界各国で（たいていは辺鄙な場所で）ホームステイをしつつ、その土地の伝統的な行事や工芸などにチャレンジしていくという内容の番組です（別れの際にはたいてい泣くというのも“たいてい”）。
</p><p>
ちょうど、今日もその番組をやっていたので（タイのカレン族の村にホームステイという回）、ふとこの番組に関わった現地コーディネーターの話を思い出しましたので、今回はそれについて書きたいと思います。
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
※今回のネタについても、情報元の方への配慮として、国名などは控えさせていただきます。
</p>
<h3>とある、南太平洋の島国で聞いたお話です</h3>
<p>
南太平洋のある島でのことです。新婚旅行先などでも有名なニューカレドニア周辺とだけ言わせていただきます。このとある島で、現地在住の日本人コーディネーターの方に伺った話です。もう１つ断っておきますと、その地での取材、このコーディネーターの方が見て聞いた話が、この番組が放映しているすべての国で同様に行われているということを言っている訳ではありませんので、あしからず。
</p>
<h3>本当に普段からその格好で生活しているの？</h3>
<p>
この国のある島では、現在でも男性はペニスサック（パンツははかず、陰部に木をくり抜いた被せ物をしている）だけの格好で過ごし、女性は上半身裸、下半身は腰ミノを巻いて過ごしているという村があります。
</p><p>
この島そしてこの村には、僕も実際に訪れています。島の中心部（というか、空港が一番栄えているかも）から車で40分ほど奥地に行った場所にあります。僕は宿のスタッフの車で行ったのですが、こういうプリミティブな生活が営まれている場所への訪問というのは、この時が初めてだったのでワクワクするという気持ちの反面、ひとつ「本当にそうなの？」と半信半疑なところもありました。それは、この村に単独で訪れたという日本人旅行作家が書いた“あること”を読んで知っていたためです。
</p><p>
いわく、（この人は単独で歩いてこの村まで言ったらしいんですが）この村にたどり着いてみると、村の人々は普通にTシャツやズボンをはいて過ごしていたらしいのです。が、この著者（まあ、褐色の肌をした現地の人からして、黄色人種が訪問してきたのですから、当然外国人が来たという認識ですよね）が来たのを目の当たりにすると、すぐに皆が家に走り込み、やがて腰ミノを巻いた子供を中心とした男たちだけがボチボチと出てきたのだそうです。
</p><p>
僕が訪問した際には（その著者とは違い車での訪問だったのですが）、村にいきなりに入ることはできず、村の入口の手前にワンクッション、木でできたゲートのようなものがあり、そこに車が到着すると警護（？）の子供が木を叩き鳴らし、村の人々に外部者の訪問を知らせているようでした。
</p><p>
僕とガイドを乗せた車が到着すると、本の通りといいますか、女性はいない、やたら子供の姿が目立つという状態でした。後に村の人が総出でダンスを披露してくれたのですが、上半身裸の女性たちは恥ずかしそうに胸を手で隠すようにダンスをしており、これはちょっと裸で過ごしているというのは観光目当てなんだろうな、というのが正直なところでした。
</p><p>
余談的なことが長くなってしまいましたが、“ウルルン滞在記”は僕がここを訪れる以前に、すでに撮影を済ませていたそうです。男性がペニスサックだけで生活する村にホームステイという内容で。
</p><p>
次回「<a href="http://jnhppp.net/cat2/post_141.html">“ウルルン滞在記”的番組の裏話を思い出し…続編</a>」に続きます。
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>オーバーブッキングが原因で、さらにもう1泊</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jnhppp.net/cat11/1_3.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://jnhppp.net/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=195" title="オーバーブッキングが原因で、さらにもう1泊" />
    <id>tag:jnhppp.net,2008://1.195</id>
    
    <published>2008-03-20T06:30:32Z</published>
    <updated>2008-03-20T08:09:24Z</updated>
    
    <summary> 「オーバーブッキング、されたらどうなる？ 第2章」からの続きです。オーバーブッ...</summary>
    <author>
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    </author>
            <category term="海外旅行入門" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jnhppp.net/">
        <![CDATA[<p>
「<a href="http://jnhppp.net/cat11/_2_5.html">オーバーブッキング、されたらどうなる？ 第2章</a>」からの続きです。オーバーブッキングのせいで日本を1日遅れで出発したその後です。
</p><p>
成田から約11時間半、そんなこんなでアメリカ南部のとある都市に到着しました（アメリカ系の航空会社というだけで、あえて航空会社名は控えております。都市名でも航空会社がだいたいわかりますから…）。この時の僕の目的地ではアメリカ合衆国ではなく、この地で飛行機を乗り継いでさらに南米へ（フライト時間は10時間ほど）行くものでした。
</p><p>
しかしながら、タイトルの通り、すんなりとは乗継ぎさせてくれませんでした。
</p>]]>
        <![CDATA[<h3>アメリカでは乗り継ぎだけでも入国審査</h3>
<p>
乗り継ぎだけでも、アメリカの場合は一旦アメリカの入国審査をしなければなりません（僕の経験上ではすべてそうでした）。ものすごく酒臭いオッサンが僕の真後ろに並んでいて、ちょうど僕の頭にオッサンの息がかかるので気持ち悪い。しかも並んだ列の職員の仕事効率がものすごく悪く列はなかなか進まず、「なんで用もないのにアメリカの入国手続きさせるんだ！」とプリプリしておりました。
</p><p>
入国審査が終ると、成田のチェックイン時に預けた荷物を一旦受け取り、到着ロビーに出てから再び機内預け荷物を預け、手荷物検査を受け…。本当に非効率きわまりないって感じです。
</p><p>
それら無駄な手続きが終ると、次のフライトまで約5時間。アメリカに到着したのは午前9時頃で、その後手続きなどで11時頃になっていたのだと思います。次のフライトは16時頃だったはずです。なお、ここから先はより臨場感が伝わるのではないかと思い、当日の日記をほぼそのままに紹介させていただきます。
</p>
<h3>オーバーブッキングのその後、日記です</h3>
<p>
フライトまで５時間近く何もやるべきこと、行くべきところはなかった。出発案内ボードを見ても、目的地の都市行きは見当たらない。まだ時問があるから仕方ないのだが。何か食べるにも腹は減っていなかったし、ビールでも飲んで時間を潰そうかとも思ったが、それほど飲みたい気分でもなかった。それより疲れていた。ベンチに座っていると眠くなり、やがて寝てしまった。
</p><p>
一度起きてまた寝て起きると出発の2時間前ぐらいになっていた。ゲート番号が表示されていたが、「now bording」などが書かれる欄に「a8:00」と書かれていた。そのゲートへ行ってみると、そこに表示されている行き先は目的地の都市ではなかった。よく理解できないので、そこにいた黒人のにいちゃんに聞いてみると、フライトはキャンセルで明日の朝に振り替えになった、詳しいことはゲート45にいるフライトアテンダントに聞いてくれと言われる。a8:00と書いてあったのは、明日の午前8時に振り替えになったということか？と。
</p><p>
そのにいちゃんが言ったところへ行ってみるが、それらしきはなく、代わりに案内所があったのでそこで聞いてみる。案内所のおやじは、まずそのフライトはキャンセルになったと言い、出発ゲートへ行ってみろと言う。行ったが何もなかったと答えると、じゃあ出発ロビーを出て当該航空会社のチェックイン・カウンターで聞いてみろと言われる。たらい回しだ。
</p><p>
エコノミークラスの列は込んでいたので、ファーストクラスのカウンターに並ぶ（係員に「そこに並んでるけど、ここファーストクラスの列ですよ」と言われた）。搭乗券を見せ、フライトはどうなったのかと尋ねるとやはり明日の朝に変更らしい。手慣れた感じにシェラトン・ホテルの宿泊バウチャーと食事券（15ドル分）を渡され、荷物は受け取れないのか聞くと、歯ブラシやブラシ、マウスウォッシュ、アイマスク、脇の下の消臭剤などが入ったお泊まりセットのようなものをくれた。やれやれ、また宿泊バウチャーだ。
</p>
<h3>アメリカで1泊決定。で…</h3>
<p>
言われたように階下へ行き、航空会社のバスに乗り込んだ。黒人の運転手は絵本のようなものを読んでいて、なかなか出発しなかった。やがて東洋人の高校生ぐらいの女の子が乗ってきた。持っている本がJTBの外国語会話のヤツだとわかった。そしてその後白人の女性3人が乗ってくる。バスは出発した。運行中、白人の女性達は日本人の女性に話し掛けていたが内容まではわからなかった。ホテルに到着。
</p><p>
シェラトンとはいえ、内装はそれほど立派ではなかった。チェックインの列に並んでいると、前出の白人女性が僕に日本詰がわかるか聞いてきた。日本人だと答えると、日本人らしき女性が具合が悪いということ、そして彼女は僕がこれから行こうとしている都市に留学しているお姉さんに会いにいくところで、お姉さんに電話したいようなのだが、彼女は英語がほとんどできないので手伝だってあげてほしいと言われる。日本人女性と話してみると、高校生で初の海外旅行、しかも初の飛行機で気持ちが悪くなったという。
</p><p>
ホテルの女性スタッフも加わり、コーリングカード10ドルを買えばそのスタッフが部屋まで行って電話を掛けるのを手伝だってあげるということになる。僕は間に入り通訳役をこなす。日本人女性にその旨を伝え、彼女は10ドルを支払う。
</p><p>
僕がチェックイン手続きをしている間、話題は食事のことに変わっていた。彼女いわくお腹は空いているのだが気分があまりすぐれないと。ホテルの人がスープとかそういうものも用意できるがと言い、彼女もスープがちょうどピッタリかも、と納得。僕はホテルのスタッフに、スープを彼女の部屋に持って行ってくれないかと頼む。
</p><p>
あとはホテルの人が彼女の部屋へ電話の掛け方を教えに行き、ついでにタ食も持っていくということで決着する。一応、僕の部屋番号をホテルの女性に教え、自分の部屋に向かう。他の女性達は皆9階だったが、僕だけ3階だった。
</p>
<h3>何とも長い1日に</h3>
<p>

部屋に入ってからしばらくして、すべて事がうまく進んだか彼女の部屋に電話を入れてみたが出なかったので、もう寝たのだろと思い、それから食事に行く。バウチャーにはどこで使えるかなどな書いてなかったので適当にレストランらしきで聞いてみると、ここ（カフェテリア風）か隣のスポーツバーでもどちらでも使えて、どちらも同じメニューだと言れれ、スポーツバーをのぞくとMLBの中継をやっていたのでそちらにする。なんとよくみると石井一が投げていた。
</p><p>
チキン・サンドとビールを注文。ビールはバウチャー対象外と言われる（知っていたけど）。ビールはドラフトと言ったんだが瓶ビールだった。チキンサンドは旨いはずもなく、ビールも旨くない。すると、さっき手助けをしてくれていたホテルの女性スタッフがやって来て、ビールを飲める年齢なんだと言い（もう30過ぎているんですが…）、お礼に1本出しますとカウンターのブ口ンドのおばちゃんに頼む。僕は礼を言い、また野球観戦に戻る。
</p><p>
2本目のビールを飲んでいると、先ほどのホテルの女性が来て、日本人女性に電話をしてモー二ングコールが必要かと聞いてくれと来た。店の入ロの電話を使って掛ける。5時に起こしてほしいとのこと。それが終ると、ホテルの女性は僕に店の店長らしきを紹介し、店長らしきは「好きなだけ飲んでいくといい」と言い、黄色いドりンク券を3枚くれた。ビールをもう1本もらい部屋に戻った。0時ぐらいだろうか、寝た。<br />※翌日、僕は彼女と同じ飛行機で、彼女が無事お姉さんに会うところまで見届けました。
</p><p>
]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>オーバーブッキング、されたらどうなる？ 第2章</title>
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    <published>2008-03-15T06:07:59Z</published>
    <updated>2008-03-20T15:50:05Z</updated>
    
    <summary> 前回の記事「オーバーブッキング、されたらどうなる？」では、出発時間の40分前に...</summary>
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            <category term="海外旅行入門" />
    
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        <![CDATA[<p>
前回の記事「<a href="http://jnhppp.net/cat11/post_139.html">オーバーブッキング、されたらどうなる？</a>」では、出発時間の40分前にチェックインカウンターに到着したものの、対応した女性職員が「ちょっと待ってください」と奥へ確認に行ったままなかなか戻ってこない、というところまで書きました。
</p><p>
こんなに話を引っ張らなくても、当然おわかりかと思いますが…。
</p>]]>
        <![CDATA[<h3>初体験。オーバーブッキングされてしまった</h3>
<p>
戻ってきた女性職員は批判対応モードな顔つき（申し訳ないとは思いますが、こちらにも言い分がありますからといった表情とでもいいますか）で、「席がすべて埋まってしまってしまい、ほかのルート、航空会社でも探してみたのですが、それでも一番早く現地に着くのは、翌日の同便になってしまいます」というようなことを言います。
</p><p>
「え？　1席も確保ができないんですか？　ビジネスクラスなども？」と僕。
</p><p>
「はい、申し訳ありませんが…。周辺のホテルをご用意いたしますが、いかがしますか？」、と職員。
</p><p>
「ほかにどうすることもできないんですか？」と僕。
</p><p>
「はい。申し訳ございませんが」。。。。。。
</p><p>
なんと、ガイドブックに「<strong>オーバーブッキング</strong>にご注意」なんて記事を書いことがある張本人が、<strong>オーバーブッキング</strong>されてしまったってことですよね？これ。。。
</p>
<h3>オーバーブッキングで成田に1泊</h3>
<p>
結局、成田のホテルの宿泊バウチャーをもらい、指定された乗り場からホテル行きバスに乗り込みます。取材依頼元の編集会社に電話をし、正直にその旨を告げると、「まあ仕方ないですね。アメリカ系の航空会社ではたまにありますから」と結構あっさり。
</p><p>
でも、遅く到着してしまったという自業自得な訳で、もうこの編集会社からは仕事を振ってもらえないかもな、なんてものすごく気が滅入ってしまいました（その後もお仕事をいただけました）。
</p><p>
ホテルに到着し、もらったバウチャーをフロントに提出してチェックイン。ちなみに夜・朝・昼の3食付き宿泊プランでした。自分の置かれた立場を忘れて、ちょっとお得な気分を感じてしまったのが悲しいところです。
</p><p>
部屋はよくあるビジネスホテルといった感じで広くはなく、ただただシンプルな感じでした。昨晩から寝ずに慌ただしく動き続けてきた状況から突然やることがなくなると、眠くもなく、しかし何事もやる気が起きず、しばしボーっとベッドに座っていました。そして、約1日用もないのにこのホテルにカンヅメになるという実情にふと気づき、（当時は東京在住だったので）「普通に自宅に戻ればよかった」と後悔をするのでした。
</p><p>
ちなみに、夕飯はホテルの中華レストランか和食レストランからの選択で、和食を食べました。普通に払えば3000円程度はするでしょう御膳。翌日の朝食、昼食ともにビュッフェスタイルで、いずれも自腹なら1800円だそう（またバカみたいにお得気分）。
</p><p>
翌日はもちろん早めに空港へ行きチェックイン。一応「昨日<strong>オーバーブッキング</strong>になったんだけど、ビジネスクラスにアップグレードとかしてもらえないんですか」と、いやらしくも尋ねてみましたが、職員は端末で僕の予約データを見るなり「昨日お客様はレイトショー（時間ギリギリでのチェックイン）されたようですので、それはできかねます」と突っぱねられました（<strong>オーバーブッキング</strong>になった理由も記録されている模様）。
</p><p>
1日無駄になってしまいましたが、無事出発。しかし、この<strong>オーバーブッキング</strong>で1日遅れたことが原因で、その先さらに面倒なことに見舞われることになろうとは…。
</p><p>
それについては次の記事「<a href="http://jnhppp.net/cat11/1_3.html">オーバーブッキングが原因で、さらにもう1泊</a>」にて。
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>オーバーブッキング、されたらどうなる？</title>
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    <published>2008-03-13T14:21:30Z</published>
    <updated>2008-03-15T07:04:41Z</updated>
    
    <summary> オーバーブッキングって聞いたことありますか？ 海外旅行をよくされる方ならご存じ...</summary>
    <author>
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    </author>
            <category term="海外旅行入門" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://jnhppp.net/">
        <![CDATA[<p>
<strong>オーバーブッキング</strong>って聞いたことありますか？
</p><p>
海外旅行をよくされる方ならご存じかもしれませんが、<strong>オーバーブッキング</strong>とは航空会社が座席数を上回る搭乗予約を受けつけ、実際の運航時になっても、予約数のほうが上回ってしまっていることをいいます。
</p><p>
ちょっとわかりにくいですかね。具体的にいえば、航空会社が座席数100席の飛行機に多少のキャンセルを見込んで150人の予約を受け付けたものの、当日まで40人しかキャンセルが出なかったため、10人の客が飛行機に乗れなくなった。この10人分が<strong>オーバーブッキング</strong>という訳です。日本語にしたら過剰予約とでも言いましょうか。
</p><p>
航空会社としては、できるだけ空席をなくして運航したいので、特に混雑時には<strong>オーバーブッキング</strong>のギリギリまで予約を取っておきたい。でも、キャンセル数が少なければ当然<strong>オーバーブッキング</strong>に割り当てられてしまう客が出てしまう訳で…。
</p><p>
今回は僕がそんな<strong>オーバーブッキング</strong>客になってしまった時の実体験について書きたいと思います。
</p>]]>
        <![CDATA[<h3>オーバーブッキング、実は取材時のこと</h3>
<p>
海外旅行ガイドブックの編集プロダクションを辞めた後、フリーランス状態になっていた頃のことです。この頃はガイドブック編集の仕事だけでなく、取材のない時期にはちょっとした小遣い稼ぎの仕事なんかも引き受けないと生活していけないような状況でした。
</p><p>
そんな時期、一番忙しくなるのが海外取材直前なんです。溜まっている仕事の処理と、取材中分の仕事を前倒しで終らせなくてはならない、さらには取材の準備もしなくてはならない訳です。取材に出る直前まで、徹夜で仕事をして、出発日当日に終らせた仕事をクライアントのところに提出に行ったり、はたまた取材の準備をしたりバタバタです。
</p><p>
家を出る直前まで取材以外の仕事をこなし、出る直前に思いつくままに取材荷物をカバンに詰め込み、クライアント会社へ仕事を提出しに行ってから直に成田空港へ。東京駅から成田エクスプレスに乗り込み、指定席でありながら連結部分の通路にて荷物の詰め替え（下着なんかも無造作に詰め込んであるので、席でやるのは恥ずかしい）や関係者への電話などで過ごし、まったく席に座ることなく成田空港に到着です。
</p>
<h3>成田空港に到着してみると…</h3>
<p>
成田空港駅に到着し、全速力で航空会社のチェックインカウンターへ急ぎます。出発まであと40分ほどのことです。国際線のチェックインは出発の2時間前といわれますが、僕はいつもこんな感じで出発の1時間をきることが多く、それでも搭乗を断られた経験は一切なかったので（出発20分前にチェックインということもあり、その際にも搭乗できました）、「ああ、間に合った」なんて着くなり胸をなで下ろしていました。
</p><p>
ところが。。僕のチェックインに対応した女性職員は「ちょっと確認いたしますのでお待ちください」と奥へ行ったまま、しばし戻ってきません。「何やってんだよ。両替したり、ちょっとした買い物もしたいのに」と、遅く来た自分のことはよそに、イライラと待っていました。すると…</p>
<p>「<a href="http://jnhppp.net/cat11/_2_5.html">オーバーブッキング、されたらどうなる？ 第2章</a>」へ続きます。</p>
]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>最終章・枕の下にチップを置くのは日本人だけ？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://jnhppp.net/cat11/post_138.html" />
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    <published>2008-03-09T11:03:51Z</published>
    <updated>2008-03-09T18:03:00Z</updated>
    
    <summary> 「枕の下にチップを置くのは日本人だけ？」シリーズの最終章です。この記事からご覧...</summary>
    <author>
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    </author>
            <category term="海外旅行入門" />
    
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        <![CDATA[<p>
「<a href="http://jnhppp.net/cat11/post_136.html">枕の下にチップを置くのは日本人だけ？</a>」シリーズの最終章です。この記事からご覧の方はぜひ上のリンクより読み始められるとよりわかりやすいかと思います。
</p><p>
さて、前回の「<a href="http://jnhppp.net/cat11/post_137.html">続・枕の下にチップを置くのは日本人だけ？</a>」では、ピローチップ（枕銭）を置くのは日本人だけだ、というご意見のサイトを2つほど紹介しましたが、今回は「チップは必要という派」の意見も紹介したいと思います。
</p><p>
では、チップ肯定派の意見から。
</p>]]>
        <![CDATA[<h3>元添乗員の方はチップは必要と</h3>
<p>
まずは肯定的な意見が多かった、Q&Aサイトの「教えて！goo」の質問内容「<a href="http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1785668.html">チップについて</a>」を見てみましょう。
</p><p>
質問者の方が、「<em>ある添乗員の方が書いた本に、枕の下にチップを置く必要はないというような文章が書いてあった</em>」ことについて質問をされ、それに対して9件の回答がついています。
</p><p>
9件のうち、ピローチップ（枕銭）に否定的なのは1件のみ。あとは皆さんチップは払うべき、払っていますという意見。そんな肯定的な意見のなか、「良回答20pt（Yahoo!知恵袋でいうところのベストアンサー）」を得た元添乗員という方がコメントされていました。
</p><p>
いわく、「<em>枕銭に関しては、そういう主張（＝置かなくていい）は少数派だと思います。
行き先やホテルのランクにもよりますが、私が添乗したツアーのお客さんには
お互いに気持ちよい思いをするために１ドル相当でよいから置くようにお勧めしてました。
ただ「給料が安いので生活費の一部」と言っても、あくまで心付けなので
どうしてもあげたくない、という人がいたら強制まではできません。</em>」
</p><p>
このコメントを見て、ふと気づくことがありました。「そうか、昔の添乗員さんって日本から同行することが多かった訳で、その国の専門家ではないんだ。アメリカに行くことが多い添乗員さんがヨーロッパに行くこともある訳で、その際アメリカで旅行者に言う説明と同じことを言うこともあり得るな」、と。
</p><p>
これって、ガイドブックでも同じことがいえることです。一昔前の話ですが、大手ガイドブックの旅の準備に関するページには、ほとんどの国のガイドブックにほぼ同じ内容が書かれていました。記憶にあるところでは、トラベラーズチェックに関する記事です。「トラベラーズチェックは購入時に手数料が掛かるが、両替時に（現金よりも）有利なレートが適用されるし、紛失時に再発行されるという安全性もあり、お得である」と。
</p><p>
こういう書き方をしていれば安全だな、と思われるものを出しておけば問題がないからです。上記のトラベラーズチェックの内容ですが、「購入時に手数料がかかる」「両替時に（現金よりも）有利なレートが適用される」「紛失時に再発行が受けられる」と、どれも事実です。でも、国によってはトラベラーズチェックはそのまま使えず、現金に両替しなくては使えないことも多いですし、その現金両替時に手数料がかかったり、辺鄙な田舎などでは使用できないことだってあります。
</p><p>
つまり、添乗員さんが国を問わず「ピローチップ（枕銭）を置いておきましょう」と言っている可能性があるのかな、と。置いていて取っていかれなければそれでよいし、取っていかれればそれでよし。置いておかないでホテル側から苦情が出たり、そのためにサービスが悪くなったり、（最悪）物を取られたりということの予防になり、添乗員さんの手間も省けるわけです。
</p>
<h3>ピローチップ（枕銭）は、日本人だけの習慣ではなかった！？</h3>
<p>
ちょっと話がそれたような感じがしますが。。。そろそろ核心へ進みたいと思います。
</p><p>
今回、この記事を書くにあたって、いろいろなワードで検索をしてみてましたが、一番「なるほど！」と思わされたのが、次のページでした。連続になりますが、「教えて！goo」から「<a href="http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3506198.html?ans_count_asc=0">ホテルとタクシーのチップ</a>」という質問への回答でした。
</p><p>
この質問・回答で注目すべきは、前回の記事「<a href="http://jnhppp.net/cat11/post_137.html">続・枕の下にチップを置くのは日本人だけ？</a>」でさんざん言われていた、ピローチップ（枕銭）は日本人だけの習慣であるということを覆す、2つの記事です。
</p><p>
それは、ANo.4（アンサーNo.4番）と、良回答20ptを獲得したANo.7の記事です。この2つの共通点は、いずれもアメリカのウェブサイトへのリンクがあり、どちらもピローチップ（枕銭）について書かれている内容だというところです。
</p><p>
ANo.4のほうは、<a href="http://www.videojug.com/interview/hotel-services-and-amenities-2#during-my-hotel-stay-how-much-should-i-tip-the-room-maid">videojug</a>というビデオメッセージのサイトへのリンクで、この中でルーム・メイド（ハウスキーパー）へのチップはどれぐらい置けばよいのでしょうかという質問と、それに対する回答が載っています。
</p><p>
それによると、部屋中を汚しまくったならたくさん払わなくてはならないけど、普通に部屋を使っただけなら、１晩につき２から５ドルぐらい置くと感謝されます、と回答されています。
</p><p>
ありゃりゃ、どうやら日本人だけの習慣ではなさそうですね。
</p>
<h3>アメリカにも本当はピローチップ（枕銭）の習慣があるらしい</h3>
<p>
さらに、ベスト回答に評価されたANo.7の回答では、アメリカ全州で発売されているUSA TODAYという新聞のウェブページのとある記事を取り上げています。記事は<a href="http://www.usatoday.com/travel/hotels/2005-03-24-maid-for-a-day_x.htm">こちら</a>（英語です。ieとFireFoxで見る限り、レイアウトが壊れています）。
</p><p>
記事タイトルは「Maid for a day（メイドのとある１日。てな感じでしょうか）」で、内容的には16年間ハウスキーパーの仕事をしている、ある女性の生活について書かれているドキュメンタリータッチの記事です。ハウスキーパーの仕事は重労働なわりに、平均的初任給は時給にして7ドル程度。それなのに、こんな大変なのです、と平均的１日の仕事内容がとある日のタイムスケジュールとともに紹介されています。
</p><p>
その中でも注目は、記事途中にある「TO TIP OR NOT TO TIP?（チップを払う、払わない？）」という囲み記事でした。我流なる翻訳＆要約をしますと、「137人のVacationers Panelists（観光についての専門家？）に調査してみたところ、約半分がハウスキーパーへのチップを払ったことがない、もしくはたまにしか払わないと回答。30人の払わないと回答した人の理由としては、そんな習慣があるとは知らなかったや、その分は宿泊費に含まれていると思っていたとのこと。
</p><p>
つまり、アメリカ人のその道の専門家であっても、ピローチップ（枕銭）について知らない人が半数いる訳で、一般の人が「そんなチップ、聞いたことがない」と言う理由も納得ですね。
</p><p>
一方の払う人たちの理由も書かれていて、「部屋が確実に掃除されるように」「タオルの替えやアメニティがきちんと置かれるように」さらには、「彼らの仕事がハードワークだと知っているから」というものまで。主に部屋が綺麗にされる保険として置くという意味合いなんでしょうかね。
</p><p>
この囲み記事ではさらにチップの正しい渡し方まで書かれています。いわく「ハウスキーパーは、自分たちへのチップだと明らかにわかるもの以外は手を付けないように教育されているので、封筒に入れて、『Thank you』と書き添えて置いておくといいでしょう」と薦めています。金額は２から５ドル程度だそう。
</p>
<h3>ピローチップ（枕銭）の結論、こんな感じでいかがでしょう？</h3>
<p>
ふう。結構な長文になってしまいましたが、ここでまとめとさせていただきます。
</p>
<ul>
<li>まず、ピローチップ（枕銭）が必要な国と必要でない国がある。それらは各国の政府観光庁などのホームページで調べ、知っておくこと。現地在住の添乗員さんが同行なら、その人に聞いてみましょう（日本から同行の添乗員の場合は、僕的にはそれほど信用できないという結論）。</li>
<li>ピローチップ（枕銭）が必要な国であれば、誰が払う必要がないと言おうとも、気持ち良い滞在のためにも置こうじゃありませんか。</li>
<li>ハウスキーパーがチップだとわかるように、ベッドのサイドテールブルにメモを添えて（封筒に入れるまでしなくてもいいかと判断。エコの時代ですし）置く。</li></ul>
</p><p>
ちょっと強引にもまとめてみましたが、いかがでしたでしょうか。ご意見などがありましたら、コメントいただければ幸いです。
</p>]]>
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