タイのラオス国境で出会った、日本語を話す恐ろしき白人のこと - 海外旅行ガイドブックのお仕事

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タイのラオス国境で出会った、日本語を話す恐ろしき白人のこと

Posted at 09/05/16 Trackback(0)»

タイとラオスの国境の町、チェンコーン

取材日誌を振り返っていたところ、ふとタイの北部の町(村のほうが正しいかな)での印象的なある夜のことを思い出したので、ちょっと紹介してみることにします。

その主役となるのは、日本に住んでいたことがあるという、日本語を話す白人男性です。そうですね、みたところ30代後半から40代といったところでしょうか。長く伸びたストレートの髪を、オールバックにして後ろで束ねた、サーファーっぽい見た目の人でした。そして、彼はゲイでした。

※写真はチェンコーン側で国境超えの船を待つ人々



それはチェンコーンという町のできごとでした

舞台はタイ北部のチェンコーンという町です。メコン川沿いの小さな町ですが、取材当時はタイからメコン川を渡った先に位置するラオスへ外国人が越境できる数少ない国境の1つとして、そして取材のちょっと前までは、ラオスのビザが即日で取れる便利な国境(その他のたいていの国境ではビザは取れず、首都バンコクなどにあるラオス領事館で複数日かけてビザを取得する必要があった)として、外国人が多く訪れる町でした。

僕のその時の任務は、某・東南アジア周遊のためのガイドブックでの、1)チェンコーンでビザの最新事情を調査すること、2)チェンコーンの宿泊施設・食堂などの取材、3)そして実際に国境を越えて、さらにラオスでの取材を続けるというものでした。で、1)のビザの最新事情は即日ではビザは取れなくなったということを確認し、2)の町の取材は小さな町なので速攻に終り、3)の前に2日ほど時間ができたので、周辺の町の取材をし、再びチェンコーンに戻ってきたときのことでした。そして、チェンコーンでやるべきはすべて終え、翌日のラオス越境を備えるだけの、いわばオフ時間です(一応、言い訳。。。)。

日中に出会った日本人2人と夕飯を食べることになっていました。なにせ、宿泊施設や食堂、旅行会社など外国人に必要な施設は、メインストリートの周辺の200メートルほどにが集中してあるだけの小さい町で、さらに町に見どころ的なものはほとんどなく、しかも前述のとおり、ラオスのビザが即日にチェンコーンで取れると聞いてきた人たちがほとんどで、でも実際には3日ほどかかるように変更になっていたためみんなやることもなく暇していたのです。こういう状況にいると、内向的な人でも日本人に出会うとつい声をかけたくもなりますし、「一緒にご飯でも」という状況になってしまうもんですね。こういう現象は、経験的に辺鄙な場所へいくほど顕著になるもので、タイの首都のバンコクにいればこんな関係にはならなかったでしょうことが、ここチェンコーンではいとも簡単に仲良くなれてしまうものなのです。
以下、臨場感を損なわないためにも、当時の日記をほぼそのままに、若干の追記をしてお送りします。

以下、タイのチェンコーンでの日記です

Aくん(関西出身の20代前半男性)とBさん(東海出身の20代中盤女性)が宿泊しているゲストハウス(安宿)のレストランで食事をすることにした。撮影用に買ってすでに撮影を済ませた地元の酒を何本も持っていたので、持ち込みの酒が飲めないものかととりあえず聞いてみる。OKだった。メコン川沿いの席は埋まっていた。店は西洋人だらけ。まず酒瓶の写真を撮る。Aくんの知り合いのCくん(大阪出身の20代前半男性)が加わった。Aくんが僕を紹介をする。

それぞれ食べ物を注文する。ピーター・アーツに似たタイ人の店員だった。僕がそう言うと、そうだそうだと盛り上がった。最初はビールを頼んだが、その後は持ち込みの酒を飲んだ。Aくんは地元の焼酎のレッドブル(当時はまだ日本に一般に売られていなかった)割りは気に入ったようだが、Cくんは薬っぽくてダメだと。Bさんも挑戦したが、ダメ。一方、僕が頼んだサワーポークチャーハンのサワーポーク(名前の通り、結構酸っぱいソーセージ風食べ物。タイのコンビニなどでも普通に売られているが、外国人の舌にはあわない場合が多いよう。僕はものすごくお気に入り)はAくんはダメで、Cくんは気に入ってた。

やがてCくんと知り合ったという白人の男が現れた。「マイアミ出身で長野県に住んでいました」と、流暢ではないが日本語で挨拶をしてきた。はっきり言って最初から怪しかった。普通ではないのだ。酔っ払っているというよりラリっているのだと思う。メコンウイスキー(タイの米から造ったウイスキー風の酒)のボトルを持っていた。僕の買ってきたウイスキーに容赦なくそれを注ぎ足す。

白人の日本での生活などを話を聞きながら、酒を飲み続けた。挨拶こそ日本語でしたものの、白人はほとんどは英語で話していた。周囲の客は次々と帰っていった。この白人いわく、この店はいつまでいても大丈夫だと言っていたが、やがてピーターアーツ風店員に閉店だと言われる。仕方なしに誘われるがままに全員でその白人の部屋へいく。

カレシのカナダ人男性が登場

部屋を訪れてみると、カナダ人とギリシャ人のハーフだという男がいた。ギリシャ系の面影はあまりない、ほぼ東洋人的な見た目だった。最初白人はイタリア人だと、その彼を紹介したが、それはギリシャ人ではみんな理解しないかと思ってイタリア人だと言ったのだと。日本人ならギリシャ人ぐらい理解するけどね。世界的にはギリシャ人の印象は薄いのだろうか。

白人とカナダ人はゲイのカップル関係にあると堂々と言った。やがて白人が葉っぱを吸い始め、AくんCくんらも吸い、僕にも勧めてきたが断る。白人は僕がいろんなことを知っているということにいちいち「ディスガイ・ノウズ・エブリシング」と口を出し、白人とカナダ人とが話している会話を笑うとちゃちを入れた(僕以外はそれほど英語は理解していないようだった)。冗談まじりっぽく「お前(僕のこと)は好きじゃないが、彼は好きだ」とCくんのほうへ寄っていった。Cくんはなんか(白人に体を)触られてるよ、と言って大声で笑っていた。なんらかで僕らは白人の部屋を出る。

Aくんの部屋に行く。しばし話していると誰かが扉をノックしてきた。カナダ人の男だった。なんでも白人の男が怒りだし、逃げ出したところ、バットを持ったタイ人の男2人とともに追われているのだと言う。タイ人がなぜバットなんか持っているのか理解できなかったが(タイで野球をやっている光景など見たことはなかった)、ともかくかくまってくれとのこと。

カナダ人はやがて落ち着きを取り戻した。Aくんの持っているCDを見て、これ知っていると言う。日本人でも知らないようなマイナーな日本のアーティストらしい。Aくんは以前別の場所でも、東欧人で日本のマイナーアーティストにやたら詳しい人に会ったのだそう。海外のマニアックなやつはとことんマニアックなのだ。

カナダ人はバンクーバ生まれで、血筋である中国にもギリシャにも行ったことはないという。僕の英語の発音が良いと褒めてくれた(自分ではそうは思っていないけど)。雨が結構降っていたが、カナダ人はともかくこれからこの町を離れ、バスでバンコクへ行くと言い、出ていった。その後どうなったのだろう。

そして白人が豹変していた

どれくらいだったか、今度は強烈なノック音が。だいたい予想できたが、あの白人だった。さっきまでのいい加減な表情ではなく、まさに血走ったというような目で「彼は来ていないだろうな」とすごんできた。「知らない」と答えると、あっさり去っていった。

ちょっとしてからAくんとBさんに見送られて宿に戻る。Cくんはそういえば先に寝に帰っていた。まだ小雨が降っていたが、小走りに宿に戻る。すぐ寝たと思う。




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9年間、海外旅行ガイドブック取材の仕事をしてきた著者が、その仕事内容や本には書かなかった話、海外旅行のノウハウなどを紹介しています。


著者:jnhppp

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東京生まれの40代(になってしまったw)。仕事情報誌でたまたま見つけたガイドブック編集会社に入社。以後、同業界に携わる。2006年に別業種に転職。

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